一級建築士事務所 意匠設計 株式会社アルファ設計

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    ▼ プラハのオルロイ
    チェコ

    ▼設計者
    ミクラシュ-ヤン・シンデル

    ▼建築様式
    ゴシック建築

    チェコの観光名所として名高い、プラハのオルロイ。月と太陽の位置などを示すための文字盤、使徒の行進と呼ばれる人形仕掛け、月々を表す浮き彫りの暦版にて構成されている。最も古い部分は時計の機構と天文図の文字盤で1410年に製作された。

    その後、1500年までの間に暦表盤の追加、時計本体へのゴシック彫刻が施されたと言われている。時計は幾度となく動きを止めたが、その度に修復修理され、1865年から1866年の大修復のあと使徒の像が付け足された。

    時計の横側に配置4つの彫像は一定の時間になると動き出し、死神が鐘を慣らし、それに合わせて時計の上部の窓から12使徒像が現れる。こ1355年に神聖ローマ皇帝カール4世によりプラハが神聖ローマ帝国の首都と宣言され、時計が設置されている建物は国家の役所なった。

    その後1945年5月8日にドイツ軍とプラハ市民蜂起軍の戦いにより爆破されるまで、市役所として機能していた。
    オルロイ

    用語集 4

    GLOSSARY
    ギリシア建築

    古代ギリシア人によって創造された建築様式である。特に神殿建築は代表的であり、古典主義建築の直接的、間接的規範とされ続けた。ギリシア建築は紀元前7 世紀頃から様式の創造が開始されはじめ、紀元前5世紀から紀元前4世紀頃にその頂点を迎えるが、空間よりも細部の装飾や比例原理を洗練させて自己完結して いく傾向にあり、現代の美術的な感覚からすれば、建築よりもむしろ彫刻に近い。その後のヘレニズム時代には建築の形態が再編成され、建物の関係性が意識さ れるようになり、やがてこれらがローマ建築に継承された。

    ローマ建築

    古代ローマの文化、芸術を代表する建築。共和政ローマ、そしてローマ帝国の支配地域に広く残る遺跡と、ウィトルウィウスの残した『建築について』の存在に より、ルネサンスに始まる古典主義建築の源泉となった。ヨーロッパをはじめとする西方世界において、極めて重要な位置を占めるローマ建築は、エトルリア建 築、そしてギリシア建築の影響を受けつつ発展していった。古代ローマにおいてギリシア美術の影響は特に強いものとなったが、古典期のギリシア建築がほとん どひとつの彫刻のように捉えられ、自己完結的であるのに対し、ローマ建築では、建築物相互の関係性、社会的要求、美的要求、その他の要素が複合して成り 立っていると考えられている。そのため、ギリシア建築といえばすぐに周囲から孤立した神殿を思い浮かべるが、ローマ建築では神殿でなく、神殿やバシリカな どを包含したフォルム、円形闘技場、公共浴場などの公共施設が想起される。

    イスラム建築

    草創期から現代に至るまでに、イスラームの人々によって生み出された建築である。ムスリム建築、ムハンマダン建築とも呼ばれる。たいへん多様な建築であ り、建築材料も建築技術も多岐にわたるが、一定の統合的な原理を持ち、また、古代建築の特徴を西洋建築よりも色濃く受け継いでいる。

    交差リブヴォールト

    ゴシック建築の技術的な特徴は、11世紀に導入された尖頭アーチ、およびこれを構成する交差リブヴォールトである。ロマネスク建築において用いられた交差 ヴォールトは、壁のうち四支点に荷重を架ける構造になっている。この場合、構造を安定させるためには、そのベイを正方形にしなければならなかった。長方形 平面にヴォールトを架ける場合、各辺上と対角線上のヴォールトは、それぞれ異なった半径を持ち、かつ対角線上にあるヴォールトは、かなりつぶれたものにな らなければならない。これは構造上たいへん危険である。

    ロマネスク・リヴァイヴァル建築

    ロマネスク・リヴァイヴァル建築またはネオロマネスク建築は、11世紀から12世紀のロマネスク建築に着想を得た19世紀後半によく見られた建築様式であ る。ロマネスク・リヴァイヴァル建築によく見られる特徴としては、丸いアーチ、窓の上の半円アーチ、蛇腹層(壁面の帯状の層)がある。本来のロマネスク様 式に比べると、アーチや窓の装飾は単純化されている。